いつだって大丈夫!

子育てをしながら気づいたこと、学んだこと。

カテゴリ: イライラの克服



先日ツイッターを見ていたら、「子供に対して怒鳴って反省、怒鳴って反省を繰り返してしまう」というツイートを見かけて、そういえば昔の私も、いつも怒鳴って反省を繰り返していたなぁと思い出しました。


『子供に何かを教えるときは、叱らずに落ち着いて対処することが大切です。それは、なんでも許すということではありません。普通な声で、いけない理由を明確にわかりやすく伝えてあげればいいのです…』


わかってはいても、これが難しくて、つい怒鳴ってしまう…そんなことがよくありました。

勉強を見てあげている時、なかなか理解しない子どもにイライラして、つい怒鳴ってしまったり。

子供に何度言っても変わらなかったり、教えてあげてもなかなか理解しないと、だんだん落ち着いて話せなくなってきて、最後に怒鳴ってしまって…落ち着いてから、「また、やっちゃった。」と落ち込んで。

落ち着いて対処することが母親として必要なことだとはわかっているから、怒鳴ってしまった後に反省する。


そんなことを繰り返していた時期がありました。


今ならわかります。

「落ち着いて対処する」ことができるということは、「許せている」ということです。

それは、「相手を許している」だけでなく、「自分自身も許せている」ということです。

「落ち着いて対処する」ことができないということは、「相手だけでなく、自分自身も許せていない」ということです。




どんなに相手が未熟だと感じたとしても、「落ち着いて対処する」ことは大切なことです。

完璧な人など存在しないのだから、ましてや子供など、未熟なのが当然なのだから…いくら相手が未熟であったとしても、落ち着いて対処しなければいけないのです。

腹を立てて怒鳴ってしまう…そんな時は、「落ち着いて対処できずに腹を立ててしまう自分自身」を許してあげなければいけないのです。


「言ってもなかなか理解しない子どもに対して、私は腹を立ててしまっている。」と、自分自身の感情に気づく。

言ってもなかなか理解しない未熟な相手が変わるべきだと、心の底で感じているのかもしれません。

まずは、「自分ではなく相手が変わるべきだ」と思っている、甘ったれた自分がいることに気が付く。

そして、「私は、子どもに落ち着いて教えてあげることができない。私は本当は、子供に教えてあげたいと思っていのかもしれない。何故なら…」という自分自身の心の声に気づいて受け入れる。

そんな、できない自分を受け入れて許してあげる。許すとは、諦めるということ。

勉強を教えてあげることができない自分を受入れて、子どもに教えることを諦める。


すると「私には教えてあげることができないから、先生にしっかり聞いてきてね」と、落ち着いて次の行動をとることができるのです。




怒鳴って反省を繰り返してしまう時って、相手に対して「許せない」という怒りの感情を持っています。


でも実は、「許す」という言葉は、自分自身に対してしか使うことができない言葉だと、私は思うのです。

相手を「許せない」というのは、相手に腹をたてているということであって、いくら「許さない」と思ってみても、出来事は何も変わらないのです。

ただ、腹を立てている自分がそこにいる、それだけです。

人のことを「許さない!」と思っている間は、自分自身が怒りの感情で苦しむだけなのです。


「自分自身を許す」とは、「どんな自分であっても自分自身をまるごと受け入れる」と同義語であり、自分自身を許すことによって身体が緩み、落ち着いて次の行動がとれるようになるのです。


そうすることによって、「怒鳴って反省」のサイクルも抜け出すことができると思うのです




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以前、勉強をしない子どもを見るとイライラすることがよくありましたが、ある時を境にイライラしなくなりました。

ある時…それは、私自身の中にある固定観念が取り外され、子どもに求めることが「勉強」から「主体性」へと変わったときでした。


以前の私は、子どもは勉強をしないと将来大変なことになる、と思っていました。

学校の勉強で良い成績を収めないと…
・良い高校・大学へ行けない。
・良い就職ができない。
・仕事が見つからない。
・頭が悪くなる。
・人から尊敬されない。

なので、(学校の)勉強をしないなんて考えられませんでした。

でも、今は違います。

私が子供に最終的に求めていることは、勉強ができるようになることではなく、自分で自分をコントロールし、自分の人生を生きていく主体性を身に付けることだったことに気が付いたから。

そのことに気が付いたことによって、「何としてでも子供に勉強をさせなくてはいけない」と思っていた固定観念が崩れ去りました。

そして、新たに思うようになったことは、
・私が子供に勉強させることによってする勉強は無意味だ。
・良い成績を収めている=大丈夫、ではない。
・本人の成長願望を信じるしかない。

これらは実は、自分自身の体験で身をもってわかっていたことでした。ずっと自分の中に、答えはあったというのに…。それ以上に、私が生きてきた環境によって作られた固定観念によって、私は縛られていたのです。そしてまた、子供を縛り不幸なサイクルに引きずり込んでしまっていたのです。団塊の世代はこの固定観念で生きていくことが出来ました。しかし、今の時代はどうでしょうか。

これまでの社会的な常識とされてきた固定観念は、少しずつ崩れ始めています。
トヨタの終身雇用が崩壊した例もあるように、大企業に勤められれば安泰だった世の中は、変わってしまいました。これに伴って、今後はリストラの緩和が始まると言われています。富士通が45歳で大量のリストラをした件も記憶に新しいです。副業の解禁もされました。
大学へ進学すること、良い企業へ就職することがゴールだった時代はもう終わりを迎えているように感じます。日本でいくら良い企業に就職しても、月にもらえるお給料は50万~100万円くらいの間でしょうか。
そして、人生100年時代だというのに、定年後は職を失い年金ももらえるかわからない…収入が途絶えてしまう可能性があるのです。大企業に勤めることが安定だという神話は崩れ去ったのです。
それに比べ、フリーランスとして働き、若くして月に100万以上を稼いでいる人が増えてきています。明らかに時代が変わったなぁと感じます。
アメリカでは、2020年までに労働人口の50%がフリーランスになると言われているそうです。

このような時代の変化がある中、子育てにおける常識も変わっていくように感じます。


大企業は永久に安定で、一度就職できれば人生安泰。
良い企業に勤めることが収入を増やす一番の方法。
子供は親が思い描く理想通りに成長していけば大丈夫。
受験で良い成果が出せれば、子育ては成功。
たくさん勉強すれば、たくさんお金がもらえる。
学歴が高い方がお給料が多い。

このような固定観念で生きていくことは本当に恐ろしい時代だと思います。

時代の流れ…

中国の経済発展は日本人が思っている以上にすごいと思います。
HUAWEIの平均年収は、なんと1170万円だそうです。平均です!
ヨーロッパを旅行していると、中国人観光客の多さに驚きます。そして、身に付けているものの高価なこと…!

深セン 800台のドローンが空中で“羽ばたく鳥”を表現

加速する中国のイノベーション 

世の中は、一部の資本家によって時代の流れが決まっていく、そんな記事を読んだことがあります。
資本家が投資する国へ、経済が動いていく…自然な流れだと思います。資本家はこれから経済が発展していくだろう国に投資するでしょう。中国、インドへ投資する流れ葉もう止められないのかもしれません。逆に、日本への投資は減っていくでしょう。日本の未来が明るいとは思えない…。日本の大企業は、この先何年存続していくことができるのか…。
日本の大企業が永久に大丈夫だという保証はないのです。力をつけた海外の企業に吸収されてしまう可能性だってあるのです。

このような時代だからこそ、企業に頼らずに自分で判断をして動いていく強さが必要だと思うのです。
子どもが大きくなった時に、世界が、日本がどのようになっているのかはわからないのだから、子どもにとって本当に必要なことは、自分で考えていけるためにも「主体的に生きていく」ことだと思います。主体的に生きるためには、親に言われたことをしている限りは身に付けることができません。
間違えた固定観念を元に子供を勉強させようとしても、子どもは勉強をしないでしょう。子供の夢でも希望でもないのに、子どもが主体的に勉強するはずがありません。
子どもが主体的に生きるようになるには、自分で自分のことをすべて決めていくという経験が必要なのです。
勉強するのか、しないのか。親がさせるのではなく、自分がしたいからする、それが大切なのだと思うようになりました。

子どもが勉強をすれば、どのような形であっても(親の強制であっても)子供は将来安心、ではないのだと思います。東大を出ていても精神的に未熟だったり、人間的に未熟だったりすることはよくあります。人間的に未熟であっても、勉強してほしいと願うのが親でしょうか。いくら勉強ができても、人間的に未熟だったら、自立していなかったら子供は将来苦しむことになります。



それでは、子どもにすべて任せて放っておけば良いのでしょうか。勉強をしないでも良いのでしょうか。
そうではないと思っています。
こどもに関心を向けることはとても大切なことだと思います。

また、勉強は一生をかけてしていくものだとも思っています。


一番大切なことは、「対話をする」ことだそうです。

どれだけ勉強が大切なのか、勉強することによるメリットを伝えます。
何のために勉強する必要があるのか。
何のためにその勉強が必要なのか。
勉強は学生の間だけではない、一生していくものだ。
勉強することをやめると、そこで成長が止まるのではない。
時代が進んでいくのに勉強をしないということは、後退していくということだ。
月日が過ぎれば賢くなるのではない。
勉強をして知識を増やしていくから賢くなっていくのだ。
知識は様々なことの判断材料になり、知識があればあるほど、正しい判断ができる。
創造力、想像力とは、知識の組み合わせによって生まれるものであり、知識があればあるほどそれらの力は強く豊かになっていくのだ。
人と話をする時に、色々なことを知っていると会話を楽しめる。
たくさん勉強をして、自分自身にスキルを身に付け増やしていくと良い。

終身雇用制度が崩壊!サラリーマンはどうするべきか?副業でスキルUPが大切

将来お金を稼ぐためには、人と同じ能力しかなければ、人に与えられるものはない。


これらを子供に伝えたあとは、人事を尽くして天命を待つ。

諦めずに何度も、親が信じることを語り掛け、大切なことを伝えて、いつか来るであろう理想的な成長を祈りながら子供の成長を見守る、これしか方法はないのです。
成長には時間がかかるもので、これは自然のおきてであり、子供の成長にも即効薬なんていうものは存在しません。
すぐに結果を見たいと思ってしまい、焦ってしまう心が教育を失敗させてしまうのです。




企業に就職し、企業に依存するような大人ではなく、個人の力を身に着けて、どこでも生きていかれるような強い大人になってほしい…。

そのためにも、自ら学ぶ姿勢というものを若いうちに身に着けてほしいなぁと思います。

子どもの主体性を取り戻すために、すべて子供に任せることに決めたらイライラもなくなりました。
今はまだ、自ら勉強を始める息子ではありません。
でも、これが彼の真の姿ではないと信じています。
まだ見えない、まだ発展途上である彼をありのままに受け入れて、信じて向き合っていきたいなぁと思っています。



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前回、「人を許す」ということについて書きました。今回は、私が毒親を許せるようになった経緯について書きたいと思います。
私は、自分の親が毒親だったことに気が付いた時、自分の中に物凄いたくさんの「怒り」たまっていたことに気が付きました。小さい頃から母親に対して気づかずに隠し持っていた「怒り」は、消化されることなく心の底にたまっていました。親に向けた、たくさんの怒りが心の底に消化されずに残っていたという事実は、加藤諦三さんの本を読むまで気が付きもしませんでした。

何度も読んだ本…。



加藤諦三さんの本に、消化されずに溜まった怒りは弱いものへと向かうと書かれていました。過去を振り返ってみると、子どもに怒りが向かってしまっていました。よく観察してみると、怒りの底には、物凄い悲しみの感情がありました。私が欲しかった愛を与えてくれなかった親に対する不満、親に向き合ってもらえなかった寂しさ。親に大切にされなかった悲しみ。そこから生まれた怒り。

怒りは二次的な感情と言われています。実は「怒り」の背後には、「恐れ」や「不安」、「がっかり」「寂しさ」「惨めさ」「悲しみ」などといった「傷つき」があるのです。不安や恐れ、悲しみなどの感情が消化されてなくなってくると、自然と怒りの感情も消えてきます。


親から受けた痛みは親に返すしかないと思い、何度もたまりにたまった怒りを親にぶつけました。親に返しました。たくさん泣きました。子どもに向けてしまうことをしたくなかったから。けれども親は、理解してはくれませんでした。何度も何度も、怒りの感情が出てくるたびに親にメールをしたり(一方的に)怒りをぶつけました。
でも、ぶつけてもぶつけても、親は変わらなかったのですが…。


今は怒りの感情はほとんど収まっています。結局、人を許せない時にできることは、許せない自分を許すことだけなのでしょう。自分の感情を受け入れ、親を許すことができない自分も許す(自己受容)ことで、少しずつ親に対してとるべき対処ができるようになった(親と距離を置き、親に愛をもらうことを諦める。)からでしょう。辛かった自分自身の感情を、自分自身で受け止めました。当時を思い出しては泣き、「辛かったね」と、たくさん自分に声をかけました。「許せない」という感情が湧いたら、「辛かったね」と当時の自分に向かって心の中で声をかけ、受け止めてあげる。そうするたびに、少しずつ心が温まり、ほぐれていきました。
それともう一つ、この親の元に生まれてきたのは、私の魂の宿命だった、と悟ったこともあります。この環境で生きることが私の魂にとって必要な修行だったのだと、魂レベルで運命を受け入れたからかもしれません。

人はなぜ生まれてくるのか


今では、親は悲しいくらいちっぽけに見えます。
親もまた、いろいろと苦労してきたのだな…と思えるようになりました。

~~~~~~~~~~~~


思考や感情、身体は無常なもの。
それは本当の自分ではない。

「本当の自分」とは、考えていること、感じていることを、少し引いたところから観察している「意識」です。
私たちの本質は、「空(そら)」です。
「空(=意識)」はずっと変わりません。

一方で、私たちの「思考」や「感情」、「身体」は大空に浮かんでいる「雲」と同じです。
「雲」は変化し続けていて、風邪に流されて、いつかは消えていきます。

「意識」は、あらゆる生命の源であり、すべての生命と根っこの深い部分でつながってます。

「思考」や「感情」でいっぱいになって、「今ここ」にいないとき、世界とのつながりが感じ取れなくなります。

感情が湧き出た時は、可能であれば叫んだり、泣いたり、笑ったりして開放してあげましょう。

感情を抑えようとするとき、内側から怒ってくる衝動、生理反応を抑えることになります。
感情の抑圧は、身体の奥に蓄積していきます。
感情が湧いてきていることに気が付いたら、それをジャッジせずに、味わってあげるようにしましょう。

自分が感じている感情を感じること、味わうことを「自己受容」と言います。
感情を「良い」「悪い」と判断せずに、ありのままうけいれていくのが「自己受容」なのです。
自分が感じていることを否定せず、また無理に肯定もせず、内側でしっかり感じていくと、感情は消化されます。
「感情」は「考え方」から生まれます。
感情を変えることはできないけれど、考え方を変えることはできます。

「考え」「思考」は、自分自身ではありません。
自分を苦しめる思考パターンに気づき、それを減らしていくことで、ストレス、苦しみは確実に減っていくはずなのです。


(「マインドフルネス瞑想入門」より)



子育てをしていると、イライラすることがあります。外出先でダダをこねた時、いつまでもゲームをしてやめない時、おやつを隠れて食べている時、自分がしたいことをしている時に邪魔された時、子どもが学校や幼稚園に行きたがらない時など…。


「イライラする」という感情は、どうやって生まれてくるのでしょう。
それはもしかしたら、自分が被害者であるという意識や、自分ではどうすることもできないと感じる不安(不安は、自分に自信がなかったり、自分の心の中に依存心があって、自分が主体的に生きていない時に生まれます。)から生まれてくるのかもしれません。

<誰かから被害を受けたと感じた時(実際に被害を受けた時も)>
・夫が家事・育児に協力的でない時
・子供が○○して~など、子どもから自分への要求があった時
・子供が騒がしい時
・子供の支度が遅い時
・子供が言うことを聞かない時

<不安になる時>
・子供が勉強せずにゲームばかりしている時、子どもの将来が心配。(子供を信じられていない。)
・夫の稼ぎが少ない時(自分ではどうにもできない、稼げないと感じている)
・家事と育児に追われて、永遠に終わらないように感じた時
・子供が幼稚園や学校へ行きたがらない時
・身体が元気でない時(病気かもしれない時。)


イライラする時…何か自分の心の底に、被害者意識や不安な感情がないかを探ってみる。
被害者意識があることがわかったら、まずは自分自身が「辛い」と感じている感情を受け入れます。相手から受けた被害によって感じた「辛い」という自分の気持ちを理解し、自分に優しくしてあげます。
そして、「自分は被害者であり、相手は加害者である。」という考えが自分の中にあることを認め、改める必要があります。本当は、「被害者」も「加害者」も、世の中には存在しないのです。世の中には、ただその人が存在している。そして、ただそのように行動している。それをどう受け取るかという一人一人の感じ方、とらえ方によって「被害者」や「加害者」は生まれるのです。相手のことを加害者だと思うことによって、自分は被害者になるのです。
そのような被害者意識があることに気が付いたら次に、「たとえそれが相手からのいやがらせであろうと、私はそれに対して必要な対処をすることができるし、被害をうけることはない。私は決して被害者にはならない。」と認識します。これが、主体的に生きる、ということです。これが本当に自立した人の姿です。
忙しい時に、子供が「お母さん○○して~!」と言ってきたとき。忙しいのに!とイライラしてしまうのは、自分が被害を受けたと感じているから。そのようなことがあったら、まずは「あぁ、また自分で自分を被害者だと思っている」ということに気が付きます。そして、「私は被害者ではない。自分で自分の人生を主体的に生きていけるんだ!」と認識し、イライラした自分の感情に気づき、受け入れます。そして子どもの要求を聞いてあげるなり、「今いそがしいから、あとでね」と対応をすれば良いのです。

不安が心の中にあることがわかったら、一つ一つの不安に向き合い、自分でその不安を解消するにはどうすれば良いか、自分の心にとことん向き合って自分なりの答えを出す必要があります。不安というのは、現実ではなく心が生み出します。感じ方、考え方の違いによって、それを不安と思う人と思わない人がいるのです。「不安」を感じたら、何故不安なのか、その不安はどうやったら解消できるのかを、自分自身と向き合い、答えを出すと良いでしょう。
たとえば、子どもが勉強をせずにゲームばかりしている時には、子どものことを、「この子は自分の力で生きていくことができない子どもだ」というような目で見てしまっているのかもしれません。このままでは、子どもは永遠にゲームをやり続けて、ゲーム中毒になってしまう、と感じているのかもしれません。これは、お母さんが「ゲームは悪いもの」と考えている「感じ方・考え方」によって生まれた「不安」であることに気が付く必要があります。
そして、違った見方もできるのです。ゲームを親が制限しないことによって、子どもは自分自身をコントロールするということを学ぶ、というように考えることもできるのです。また、子どもはゲームから何かを学んでいるかもしれません。ゲームのどのような点が、人を夢中にさせるのか…やめられない理由は何故なのか…そのようなことを体験をもって知ることによって、もしかしたら大人になった時に仕事に活かせるかもしれません。



結局、自分が自分の人生の主人公となって、主体的に自分の人生を生きていく、人に依存せずに自分で生きる力を持つことが、イライラをなくし、心を安定させることができるのでしょう。
自分自身が本当の意味で自立し、自分の不安を解消できるようになることでしか、イライラからの真の解放は無いのでしょう。心の中に生まれた不安は、考え方によっていつでも変化します。何かうまく行かない時、不安が解消されない時は、もしかしたら自分の考え方を変える必要があるのかもしれません。



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