私の親は、過干渉、無関心という毒親でした。

そのことは、子育てをしていくうちに気づきました。

私はずっと、自分の親は立派で優しくて、私のことを大切にしてくれていると思い込んでいました。
他の友達のよりも、いつもたくさんの洋服を買ってくれて、お小遣いも人より多くかったので、恵まれた家庭に育ってきたと思い込んでいました。思い込まされていました。
だから、まさか自分の親が毒親だなんて思いもせずに30代半ばまで過ごしてきました。

子どもが生まれ、子育てをしてみてやっと気づきました。
私はお金はたくさんかけてもらったけれど、自分が欲しかった愛はもらってこなかったということを。
子育てを始めて、子供にしてあげたいのに、してあげることができない…子育てがよくわからない。どう接することが子供にとって良いのかがわからない。そのような問題に直面するたびに、何故できないのか自問自答し、それは自分の母親に原因があったということに気が付きました。

母親と楽しく会話をした記憶がほとんどない。
思い出そうと思っても、自分に向き合ってくれた顔が思い出せない。

部屋に来てほしいと訴えても、いつも母は姉の部屋へ行って、自分の部屋には来てくれませんでした。(姉はいじめにあっていたのもあったのだと思います。)
部屋に来てくれたと思ったら小言。
私に無関心なのに、友達とのやり取りの手紙はこっそりと読んで、「何考えてるかわからない」と言われて傷ついた記憶。

親からお金はたくさんかけてもらってきたので、自分は幸せなんだ、私は良い親に恵まれているんだと思い込んできました。
素晴らしいと思い込んでいた親を怨むなんてことはできなくて、親に責められるままに自分を責めてきました。
だんだん精神が崩壊していきました。
いつも緊張して、笑顔が凍っていました。
人に愛されたくて、でも求めた愛をもらえなくて、人を憎み、自分を責め、精神が崩壊していきました。
友達に愛を求めて、でももらえなくて、大切な友達との関係が終わってしまったことがありました。
自分を蔑視していて、被害妄想、自分が大嫌いでした。

生きていることが苦しかったけれど、その原因がまさか母親だったとは気が付きませんでした。
自分自身を責めていました。できない自分、ダメな自分が大嫌いでした。

そんな私が子育てを始めました。
うまくいくわけがありませんでした。
何とかして子供を幸せに育てたい、でもできない、どうしたら良いかわかりませんでした。

そんなところからスタートした子育ても、今は少しずつ、うまく回りだしています。
山あり谷ありの子育てだけど、今は大丈夫!って思えています。

そんな山や谷の日々を思い返しながら、子育てについて、日々思おう事について綴っていきたいと思います。