我が家では中学1年の後半に携帯を与えました。子供に携帯を与えた際に、子どもと携帯の使い方について約束を交わしていました。

約束は4つ。
①平日は学校から帰宅したら携帯を親へ渡す。(17時帰宅)
②平日は10時半までに勉強を3時間すれば(例えば19時~22時)、その後携帯を使える。
③休日は朝3時間勉強すれば携帯を夕方まで使える。
④休日は夜3時間勉強すればその後携帯を使える。


この約束は、最初はうまく回っていたのですが、途中から勉強の内容が薄くなっていきました。
そして殆ど勉強していないような状態でも、3時間経過したら携帯を要求するようになり、口調も荒くなってしまいました。

人は、自分以外の人を思い通りにすることはできない、これが真理なのでしょう。
この真理とは違うことをしようとするから、うまく行かずに子供は反発するのでしょう。勉強を毎日3時間することが子供の本当の望みではなく、親の希望が入っているから子供はそのルールを守らなくなっていってしまうのでしょう。(子供と一緒にたてたルールでしたが。)

子供の好きなことを制限して、親の理想通りに行動する(勉強する)ことで親は安心する…
これは、親にとっては安心かもしれないけれど、子どもにとっても本当に良い道なのでしょうか。親の敷いたレールを歩かせていたら、自分で自分の道を切り開いていくパワーを気が付かないうちにそぎ落としてしまっていることはないのでしょうか。勉強することはとても大切なことです。学び、広く深い知識を持つことは想像力を育て、判断力をつけることができるので、勉強することはとても大切なことです。でも、その勉強が本人の意思ではなく親の希望である場合、おそらくそれは深い学びとはならないでしょう。
私は大学入学まで色々と制限をされて育ちました。大学に入るまでは、親が言う道、敷かれたレールの上を歩いてきました。それなりの高校、大学に入学しましたが…。何を得ることができたのでしょうか。何かを得たというよりも、自分で自分の道を切り開く強さを失い、自分の目的を失い、ただただ弱い人間に成長してしまったと思います。制限は大学に入ってから突然なくなりました。無くなった時には、部屋にテレビとテレビゲームを買って、がむしゃらにげーむをしたし、門限がなくなって夜遊びもしました。「制限」はいつか外さなければならない時が来るのです。自分で管理ができるようになってから、制限を外せばいい…そう思った時もありました。でも、自分で自分の管理をしてこなくて(親に制限をされながら育ってきて)、いつ自分で自分を管理することを学べたというのでしょう。それまでの生活は、親のコントロール上での生活だったというのに…。


我が家の周りには、優秀なお子さんがたくさんいる、と以前記事に書きました。

できる子どもの親に共通している口癖

優秀なお子さんたちは、皆揃いにそろってゲームを制限されていませんでした。
「うちの子はWi-Fiさえあれば幸せなの(笑)」と、お母さんが笑って話しているのを聞いて、「だ…大丈夫なの!?」と正直思ったこともあったのですが、そのお子さんは本当にたくましく、芯の強さ、自信があふれたお子さんに育っていきました。
もう一人の優秀なお子さんは、自分の机の上にパソコン2台とその他周辺機器を揃えて、無制限にパソコンを使用し、ゲームもしていました。
お二人とも素晴らしい高校(最難関)に入学されていきました。
幼稚園の頃には、お友達が外で遊んでいる時も、毎日家の中でプラレールで遊んでいるお子さんがいました。外で遊ばないから、身体も細くてひょろっとしていました。外に連れ出さなくて、子どもは運動もせずに大丈夫なの…?と思っていましたが、お母さんはその子がしたいようにして育てていました。
その子は成長してから東大へ行きたい!という目標をもって、最難関中学へ進学したそうです。
また、他にもゲーム無制限でも学校ではとても良い成績を収めている話を耳にします。
私の尊敬するマナブくんも、中学時代はゲームばかりしていたそうです。

このようなご家庭を見る度に、「我が家も同じようにできたら、どれだけ楽なことか。」と思いました。でも、「我が家の子供は成熟度が違うから、単なる依存症になってしまう」という恐怖があって、無制限にゲームをやらせてみては、やっぱり制限したり…を繰り返してきました。



子供には主体的に夢をもって生きてほしい。自分で人生を切り開いていってほしい。親がどうこう言わずに、勉強してほしい。人生は一生勉強なのだから…。勉強の楽しさを知って、一生通して学んでいく人生を送ってほしい。

こう思っていました。
「こうしてほしい」と思っている限り、「主体的」ではないのに。
口では「主体的に」と言いながら、やっていることは主体性を奪っている…。子供を管理しようとしている。

この矛盾はどうしたら解消できるのか…。

周りでは、1時間制限をしているご家庭がたくさんあります。
でも、我が家では1時間制限には限度がありました。
子供は1時間では足りず、隠れてやろうとしたり、「もうちょっと…」と言って何とか時間を延ばそうとしたりしました。また「今友達から対戦を申しこまれたから」とか、「今日〇時から友達と対戦する約束をしたから」などの理由をつけてゲームをしようとしたり、友達と遊ぶ約束をすればゲームができると思って休日に家でゲームをして遊ぶ約束をしたり…。結局抜け道を作ってゲームをしようとしました。そうする度に、親子の間もギスギスしたものになりました。主体的に生きるどころではありませんでした。

この際、無制限の道をもう一度チャレンジしてみようか…。
そんな風に思うようになりました。

人とは違った道を歩むことが、これからの世の中大切になってくると思います。
それなら、ゲーム無制限という、多くの人とは違った子育てをしてみたい…そんな風に感じてウズウズするようになりました。本人が望むだけゲームをさせたら、そこから何かを学び取るかもしれない。
本人の中に、成長願望があると信じて本人の意思に任せてみたい、そう思うようになりました。


そう思い、ゲームを管理することをやめて3週間…ゲーム三昧、勉強ゼロ!の毎日です…。大きな試験が目前だというのに…。痛い目に合うでしょう。でも、失敗から学んでほしい。小さいうちの失敗は、きっと大きな糧になる。そう信じて、ゲームをする彼を見守っています…。

また、経過報告をしていきたいと思います。