前回、「人を許す」ということについて書きました。今回は、私が毒親を許せるようになった経緯について書きたいと思います。
私は、自分の親が毒親だったことに気が付いた時、自分の中に物凄いたくさんの「怒り」たまっていたことに気が付きました。小さい頃から母親に対して気づかずに隠し持っていた「怒り」は、消化されることなく心の底にたまっていました。親に向けた、たくさんの怒りが心の底に消化されずに残っていたという事実は、加藤諦三さんの本を読むまで気が付きもしませんでした。

何度も読んだ本…。



加藤諦三さんの本に、消化されずに溜まった怒りは弱いものへと向かうと書かれていました。過去を振り返ってみると、子どもに怒りが向かってしまっていました。よく観察してみると、怒りの底には、物凄い悲しみの感情がありました。私が欲しかった愛を与えてくれなかった親に対する不満、親に向き合ってもらえなかった寂しさ。親に大切にされなかった悲しみ。そこから生まれた怒り。

怒りは二次的な感情と言われています。実は「怒り」の背後には、「恐れ」や「不安」、「がっかり」「寂しさ」「惨めさ」「悲しみ」などといった「傷つき」があるのです。不安や恐れ、悲しみなどの感情が消化されてなくなってくると、自然と怒りの感情も消えてきます。


親から受けた痛みは親に返すしかないと思い、何度もたまりにたまった怒りを親にぶつけました。親に返しました。たくさん泣きました。子どもに向けてしまうことをしたくなかったから。けれども親は、理解してはくれませんでした。何度も何度も、怒りの感情が出てくるたびに親にメールをしたり(一方的に)怒りをぶつけました。
でも、ぶつけてもぶつけても、親は変わらなかったのですが…。


今は怒りの感情はほとんど収まっています。結局、人を許せない時にできることは、許せない自分を許すことだけなのでしょう。自分の感情を受け入れ、親を許すことができない自分も許す(自己受容)ことで、少しずつ親に対してとるべき対処ができるようになった(親と距離を置き、親に愛をもらうことを諦める。)からでしょう。辛かった自分自身の感情を、自分自身で受け止めました。当時を思い出しては泣き、「辛かったね」と、たくさん自分に声をかけました。「許せない」という感情が湧いたら、「辛かったね」と当時の自分に向かって心の中で声をかけ、受け止めてあげる。そうするたびに、少しずつ心が温まり、ほぐれていきました。
それともう一つ、この親の元に生まれてきたのは、私の魂の宿命だった、と悟ったこともあります。この環境で生きることが私の魂にとって必要な修行だったのだと、魂レベルで運命を受け入れたからかもしれません。

人はなぜ生まれてくるのか


今では、親は悲しいくらいちっぽけに見えます。
親もまた、いろいろと苦労してきたのだな…と思えるようになりました。

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思考や感情、身体は無常なもの。
それは本当の自分ではない。

「本当の自分」とは、考えていること、感じていることを、少し引いたところから観察している「意識」です。
私たちの本質は、「空(そら)」です。
「空(=意識)」はずっと変わりません。

一方で、私たちの「思考」や「感情」、「身体」は大空に浮かんでいる「雲」と同じです。
「雲」は変化し続けていて、風邪に流されて、いつかは消えていきます。

「意識」は、あらゆる生命の源であり、すべての生命と根っこの深い部分でつながってます。

「思考」や「感情」でいっぱいになって、「今ここ」にいないとき、世界とのつながりが感じ取れなくなります。

感情が湧き出た時は、可能であれば叫んだり、泣いたり、笑ったりして開放してあげましょう。

感情を抑えようとするとき、内側から怒ってくる衝動、生理反応を抑えることになります。
感情の抑圧は、身体の奥に蓄積していきます。
感情が湧いてきていることに気が付いたら、それをジャッジせずに、味わってあげるようにしましょう。

自分が感じている感情を感じること、味わうことを「自己受容」と言います。
感情を「良い」「悪い」と判断せずに、ありのままうけいれていくのが「自己受容」なのです。
自分が感じていることを否定せず、また無理に肯定もせず、内側でしっかり感じていくと、感情は消化されます。
「感情」は「考え方」から生まれます。
感情を変えることはできないけれど、考え方を変えることはできます。

「考え」「思考」は、自分自身ではありません。
自分を苦しめる思考パターンに気づき、それを減らしていくことで、ストレス、苦しみは確実に減っていくはずなのです。


(「マインドフルネス瞑想入門」より)