いつだって大丈夫!

子育てをしながら気づいたこと、学んだこと。



子供の「お母さん来て」「お母さん○○して」という要求には、できる限り応えてあげることが愛です。
子供の要求をすべて満たしてあげる…と書くと語弊がありますが、要求を満たしてあげるというよりも、要求している心を満たしてあげるという感じです。
要求が、例えば「あれが欲しい、これが欲しい」等で応えられない場合は、その心だけでも満たしてあげる。例えばお店でおもちゃが欲しいと騒いだ時には、「これが欲しいんだね」と気持ちを受け止めてあげる。「面白そうなおもちゃだもんね」と、気持ちを代弁してあげる。「お母さん来て!」とか「お母さん抱っこして!」などの要求には、できる限り応えてあげると子供は情緒的に安定した子供に育っていきます。



しかし以前の私は、子どもの要求を満たしてあげることができませんでした。
子供に「お母さん来て!」と呼ばれると、身体が硬直しました。呼ばれれば呼ばれるほどイライラしてしまい、子どものそばへ行ってあげることができませんでした。
何故できなかったのか…
以前の私は、子どもの要求に応えてあげていると、子供の要求はエスカレートしてしまい、子どもはわがままになってしまうだろう、と思っていました。子どもの要求は常に自分本位で、人が忙しい時にもお構いなしにやってきていたから…。いつでも要求は満たされると思ってしまったら、わがままな人間に育ってしまうかもしれない、などと本気で思っていました。
私が小学生の時に、担任の先生に「○○さん(私)はわがままだねえ」と言われたことがあり、とても傷ついたことがありました。だから、とにかく子供をわがままには育てたくありませんでした。本当は子どもの要求をその都度満たしてあげることが、子どもを我がままでないように育てるためには大切なことだったのですが…。

またそれ以上に、もう一つ大きな理由がありました。
それは、私自身がそのように親から満たされてこなかったということ…。
小さい頃、私は母親に自分の部屋に来てほしかった。けれども、いつも母親は受験がある姉の部屋にいて、私の部屋には来てくれませんでした。訴えても訴えても、自分の部屋に来てほしいという願いは叶いませんでした。
だから、娘に「お母さん来て!」と呼ばれると、身体が硬直しました。呼ばれれば呼ばれるほど、腹が立って拒絶反応が起きました。「何てわがままなことを言うんだろう!」と、心の底で感じていました。
自分が親に、してほしくてたまらなかったのに満たされなかったこと。
「子供の要求に応えていると、我がままになる」のは実は言い訳で、本当は自分自身が満たされていなかったのに他人を満たすことなんてできなかったのだと思います。


何か、子どもが要求しているのに応えてあげれないことがあったら、もしかしたら、それは自分自身が親(や他の誰かに)して欲しくても、してもらえなかったことなのかもしれません。もしくは自分自身の要求が満たされたという経験が少なかったのかもしれません。人は、自分がしてもらいたかったのにしてもらえなかった…という不満を感じながら、同じことを他の人にしてあげることなどなかなかできることではないのです。


もしそのような気持ちがあったことに気が付いたら、その自分自身の気持ちを受け入れていくと次第に子供の要求に応えられるようになっていきます。

あぁ、私ができないことは、できなくても当然なんだ。
何故なら自分が小さい頃親にしてもらいたくても、してもらえなかったのだから。
出来なくて当然だし、もしできたら、私は物凄いことを達成できたと思っていいんだ。 
私は辛かったんだ、私は親に○○してほしかったんだ、という当時の自分自身の心に気づいて受け止める。そしてまた、当時叶わなかった願いををもう、諦める。諦めて手放す。


自分がそれをできない理由に気づき、できない自分を受け止め、自分自身を許す。そしてまた、自分自身の中にあった欲求を手放していくことで少しずつ、できなかったことができるようになっていきます。

自分自身に「できなくても当然。辛かったね。」と声をかけてあげる。自分自身の心の内を知り、自分の心を癒して満たしてあげる。そうすれば、必ず、子どもの要求にも応えられるお母さんになっていきます。
子供の要求は、満たせるだけ満たしてあげて大丈夫。(体に危険や害がない限りにおいて。)子供が要求してもいないのに、親の方であれこれ心配をして手助けをしてあげることを過保護と言いますが、要求に応えてあげることは、過保護とは言いません。要求は満たしてあげれば、消化されていきます。子供自身、要求が消化されていけば、親に対する要求も減ってくるでしょう。
子供が小さいうちの要求なんて、本当に小さい事。大人になって要求が大きくなる前に(何万円もするものが欲しい等)、小さな要求(スーパーでお菓子を買ってあげるなど)は、できる範囲でなら満たしてあげても良いのだと思います。
我が家の娘には、旅行先ではお土産を買ってあげたり、お出かけしたら文房具を買ってあげたり、年に一回お年玉で好きなだけお買い物をさせてあげていたのですが、もうすっかり物欲がなくなって、今では逆にものが増えすぎることを懸念するくらいです(笑)。(まだ小学生です。)
子供たちとスーパーに行ったときに、「ほら、好きなお菓子持ってきて!」と言っても「いらないよ~」という位…お菓子を欲しがることもありません(笑)。要求に応えると、要求がエスカレートするかも…そんな風に思いがちですが、そんなことはありません。できる限りの要求は満たしてあげれば消えていくものなのです。
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私の親は、過干渉、無関心という毒親でした。

そのことは、子育てをしていくうちに気づきました。

私はずっと、自分の親は立派で優しくて、私のことを大切にしてくれていると思い込んでいました。
他の友達のよりも、いつもたくさんの洋服を買ってくれて、お小遣いも人より多くかったので、恵まれた家庭に育ってきたと思い込んでいました。思い込まされていました。
だから、まさか自分の親が毒親だなんて思いもせずに30代半ばまで過ごしてきました。

子どもが生まれ、子育てをしてみてやっと気づきました。
私はお金はたくさんかけてもらったけれど、自分が欲しかった愛はもらってこなかったということを。
子育てを始めて、子供にしてあげたいのに、してあげることができない…子育てがよくわからない。どう接することが子供にとって良いのかがわからない。そのような問題に直面するたびに、何故できないのか自問自答し、それは自分の母親に原因があったということに気が付きました。

母親と楽しく会話をした記憶がほとんどない。
思い出そうと思っても、自分に向き合ってくれた顔が思い出せない。

部屋に来てほしいと訴えても、いつも母は姉の部屋へ行って、自分の部屋には来てくれませんでした。(姉はいじめにあっていたのもあったのだと思います。)
部屋に来てくれたと思ったら小言。
私に無関心なのに、友達とのやり取りの手紙はこっそりと読んで、「何考えてるかわからない」と言われて傷ついた記憶。

親からお金はたくさんかけてもらってきたので、自分は幸せなんだ、私は良い親に恵まれているんだと思い込んできました。
素晴らしいと思い込んでいた親を怨むなんてことはできなくて、親に責められるままに自分を責めてきました。
だんだん精神が崩壊していきました。
いつも緊張して、笑顔が凍っていました。
人に愛されたくて、でも求めた愛をもらえなくて、人を憎み、自分を責め、精神が崩壊していきました。
友達に愛を求めて、でももらえなくて、大切な友達との関係が終わってしまったことがありました。
自分を蔑視していて、被害妄想、自分が大嫌いでした。

生きていることが苦しかったけれど、その原因がまさか母親だったとは気が付きませんでした。
自分自身を責めていました。できない自分、ダメな自分が大嫌いでした。

そんな私が子育てを始めました。
うまくいくわけがありませんでした。
何とかして子供を幸せに育てたい、でもできない、どうしたら良いかわかりませんでした。

そんなところからスタートした子育ても、今は少しずつ、うまく回りだしています。
山あり谷ありの子育てだけど、今は大丈夫!って思えています。

そんな山や谷の日々を思い返しながら、子育てについて、日々思おう事について綴っていきたいと思います。



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