いつだって大丈夫!

子育てをしながら気づいたこと、学んだこと。



自分のことは自分で責任をとれる子になるように…
人のせいにしない、自立した子供に育てるために…
そのためには、子どもを甘やかさないこと。
毎朝、親が起こしてあげていると、朝起きれなかったときに親のせいにするようになります。手を出しすぎないようにしましょう。


子育てを始めたばかりの頃、このような内容の記事を読んだことがあります。
自分自身小さい頃、親が寝坊して自分も寝坊した時に、親を責めたことがあったので確かにそうなのかもしれない…と思っていました。


しかし、本当にそうなのでしょうか。子供を甘やかさずにいれば、子どもは自立した子供に育っていくのでしょうか。


親と一緒に暮らしていた頃、よく電気やエアコンをつけっぱなしで眠ってしまい、朝起きて親に物凄く怒られたことがありました。

今となっては、これは叱ることだったのかな?と思います。叱ったところで、できないことはできません。子供がなかなかできるようにならないなら、声をかけながら、親が手伝ってあげるのが優しさなのではないかと思います。


辻仁成さんがツイッターでつぶやいていた言葉が、とても温かくて心に沁みました。


「付けっ放しのパソコン閉じ、よしよし頭をさすってから部屋を出る。」


これこそが、「母なる愛」なんだと思いました。


子供が起きれるようになるまでは、「朝だよ。」「学校遅れるよ。」って声をかけてあげるのが愛。
電気付けっ放しでも、エアコン付けっ放しでも、気づいたら消してあげるのが愛。


愛は必ず子供に伝わります。


それでは、親が起こしてくれなくて子供が寝坊したら、子どもは「人のせいにするようになる」のではないか?「起こしてよ~!」…これは、子どもから親への甘えの言葉だと思います。甘えの言葉は、受け入れてあげれば良いと思います。「ごめんね~。たまには親も寝坊しちゃうのよ。お母さんも神様じゃないから、寝坊しちゃうのよ。○○ちゃんが自分で起きれば大丈夫なんだよ。」って言ってあげればいいんじゃないかと思うのです。



そうではなくて、子供が人のせいにするようになる原因は、親が子供を責めるからだそうです。
子供は親の強権におびえる弱い存在なので、自分を守らなくてはならないから、人のせいにしたりうそをついたりするのです。親が叱ったり、問い詰めたり責めたりするのをやめれば、子どもは人のせいにするのをやめるでしょう。もしも、「朝起こしてくれなかった」とか、他のことで子供が親を責めることがあったら…それはもしかしたら、普段親が子供を責めているからかもしれません。


私も子供のことを、小さい頃よく責めてしまっていました。
だから、「お母さんのせいで!」とよく言われました。

結局、親が子供を自分の思い通りにできると思っていると、親は子供を責めるようになるのです。子供を一人の人間として尊重している親は、子供を責めることをしないでしょう。子供を信じて、子どもの人生における決断を子供に任せることができている親は、子どもを責めません。
もしも子供が親のせいにすることがあるのならば、親が子供を責めているのでしょう。
子供はいつでも親に、親自身の未熟な部分を教えてくれる本当にありがたい存在なのだなぁと思います。



子どもたちが幼稚園~小学生の間、お友達に家に遊びに来てもらうことが時々ありました。
子どものお友達が遊びに来てくれたら、楽しく遊んでもらえたら嬉しいですよね。
お家でお友達と遊ぶ時って、皆何をして遊ぶんだろう?と思うことがよくあったので、今日は、お友達が来てくれた時に遊んだ遊びについて書きたいと思います。


クッキーづくり

幼稚園年長~小学校低学年の頃は私が手助けをしながら、お友達が来たらおやつにクッキーを焼いたりしました。
クッキー生地までは事前に作っておいて、お友達が来てから好きに型どりをしてもらって、焼いておやつに食べたり、残ったものはかわいくラッピングをして持ち帰ってもらったりしました。100円ショップでかわいいラッピングを買ってきておけば、子どもたちはどれにしようかと選ぶのも楽しめますね♪


パフェづくり

スポンジケーキ、アイスクリーム、いちご、コーンフレーク、ジャム、生クリーム、ポッキーなどを準備しておいて、それぞれ好きにもってパフェを作っておやつにしたりもしました。大人が食べても美味しいですよね!残ったもので大人のパフェも。


お化け屋敷ごっこ

子どもたちで考えた遊びは、「お化け屋敷ごっこ」。これは毎回盛り上がっていました。
部屋を暗くして、懐中電灯を使って探検して盛り上がっていました。クリスマスの電飾を使って部屋をキラキラさせたりして、暗闇を楽しんでいたことも(笑)ただ暗い部屋というだけで、子どもたちは怖いのですね(笑)


風船遊び

風船も意外と遊べました。つまらない~と言い出したら風船を一人ずつにあげると、結構盛り上がりました。膨らませて飛ばして…。うちわがあったら、うちわでポンポンっと羽子板のようにして遊んだり…楽しそうでした。
それに比べて、意外とおもちゃって遊ばないんですよね…。


折り紙・画用紙

折り紙や、画用紙を使ってお店屋さんごっこの商品を作って遊んだりしました。
商品が出来たら、お店やお金を作ったり、遊びは数日にわたっていました。色画用紙は想像力が膨らんで良い遊びだなぁと思いました。




ボードゲーム

3年生後半~4年生くらいになってくると、ボードゲームでよく遊んでいました。
子供が自分でお友達にルールを教えてあげるのも、結構良い勉強になったのかも。

ボードゲームのお気に入りは、「Camel Up」と「Colt Express」。この二つは本当に面白くて家族で遊んでも、かなり盛り上がります!ルールが本当によくできたゲームだなぁと感心します。ドイツではボードゲームが盛んで、一年の間に結構な種類の新しいボードゲームが発売されますが、その中でも一年で一番人気があったボードゲームを、ボードゲーム大賞として選びます。下記の二つも大賞に選ばれたものです。

2014年のボードゲーム大賞 「Camel Up」
一種のかけごとのようだから、大胆にかけてみたら大当たりしたり。運によるところも大きいから(頭も少し使うけれど)小さい子供でも楽しめると思います。


2015年のボードゲーム大賞 「Colt Express」
こちらは、笑っちゃうゲーム。本当に面白い(笑)やってみないとわからないけれど、一度やるとはまること間違いなし!



「Phase 10」も面白い!これも一時期、家族ではまりました。トランプサイズで持ち運びしやすいから、修学旅行などの旅行にも持っていけるし、盛り上がります。我が家は旅行の時に必ず持っていきます♪(ただ、けんかになりやすい一面もあるので、年齢によっては注意が必要です(~_~;))


(外国版でも、ネットで検索すれば遊び方を日本語で解説しているblogがたくさん出てきます♪)

お友達と二人で遊ぶときは「どうぶつしょうぎ」や「オセロ」「将棋」など。
トランプ遊びは、「人狼ゲーム」「大貧民」「7並べ」「スピード」など盛り上がりますね!


かくれんぼ

高学年になってくると、動きが激しくなってきて…家の中でかくれんぼ…
もう激しくって大変!!になってきたので、最近はずっと、お天気の良い日に外で遊んでもらうようにしています


低学年の頃は、お友達と楽しく過ごしてほしい!と思って、子どもたちが楽しく過ごせるように…そんなことばかり考えていたかも。
娘と仲良くしてもらいたいな~なんて考えて…。
一番大切なのは、友達と楽しく過ごしてもらう時間ではなくて、親子で楽しく過ごす時間だったって、子どもが成長してから分かったのですが…
頑張っていたなぁと思います。




子育てをしていると、感情コントロールが必要な場面に多くぶつかると思います。私は20代の頃、感情コントロールが上手に出来なくて悩んだことがありました。何冊か本を読んでみましたが、感情コントロールが出来るようにはなりませんでした。(選んだ本が良くなかったのでしょう…。)そのまま子育てを始めたのですが、感情コントロールがうまくできないことで、またたくさんの壁にぶつかりました。

子育てを始めてからたくさんの育児書を読んだのですが、本にはこのように子育てをすると良い…という方法がいろいろと書かれていて、わかりはするけれど、感情が付いてこない…。どんなに、○○が大事、等のノウハウを知っても、感情をコントロールすることができない。子供に感情的になるとどのような弊害があるのか…など、感情をコントロールすることが大切だとはわかるのだけれど、その感情がコントロールできない。息抜きをしてみましょう、とか自分の時間を持ちましょうなどが書かれていて、そのように息抜きをしてみてもやっぱり無理。
感情コントロールが出来ない自分自身が本当に嫌になったし、ダメな母親だなぁと自分を責めたりもしました。


でも、今になってわかったことは、私は感情コントロールを正しい手順で学べていなかっただけだった、ということです。

私の母は毒親だったので、私は自分の感情を押し殺して親に従順に生きてきました。
感情をコントロールするのではなく、感情を押し殺して心の底にため込んできたから、ため込んでしまった悪い感情が心の底に溜まってしまっていて、コントロールどころではありませんでした。


感情コントロールをするためには、まずは心の中を綺麗にする必要があります。

溜まってしまった憎しみや恨み、悲しみ、寂しさの感情を一つずつ解放してあげる。
この作業は、何か月も何年もかかったけれど、もう一度当時に戻って悲しんだり憎んだり…一つずつ感情を味わって解放しました。思い返して何度も泣きました。親へも感情を返しました。
そして、すべての感情を味わい尽くしたら…あとは、「これは私の魂の成長のために必要なことだったのだ。」と、自分の人生を受け入れました。


その後は何か嫌な感情が沸き起こる度に、感情を抑え込まず、自分に「苦しいね、辛いね」と声をかけてあげて、すべての感情を自分で受け入れてあげました。

本来なら母親がするべきこと…なのかもしれません。
自分の感情を受け入れ肯定してあげる。
「寂しい」「悲しい」「悔しい」「腹が立つ」「辛い」「憎い」…
どんなに悪い感情も、「わかるよ」って肯定して理解してあげる。

それが本当の感情コントロールの仕方。



今、感情コントロールが出来ていなくても、大丈夫。必ずできるようになります。
何故なら、できない人はただ、今までやり方を知らなかっただけだと思うからです。手取り足取り、教えてもらえなかっただけなのです。
感情コントロールが出来る人は、近くにいた人に「受け入れてもらって、やり方を手取り足取り教わっていた」から出来るだけなのです。自分にはそれがなかっただけなのです。
だから感情コントロールが出来ない自分を、責める必要はありません。



悪い感情は誰にでもある感情だから、そんな感情が浮いてきても、自分を決して責めずに「そうだよね」って受け入れてあげればいい。
「辛いんだよ。苦しいんだよ。」って、まずは自分の心の声を言葉にしてあげればいい。
それで、まるで母親が自分に言ってくれるかのように、「そうだよね。辛いね。大丈夫だよ。」って、自分に声をかけてあげればいい。
すこしずつ練習していけば皆できるようになります。最初はうまくいかなくても、続けていくとだんだん自分の中にもう一人の「おかあさん」が顔を出す。

もしも、感情コントロールが上手にできなくて悩んでいる人がいたら…
絶対に自分を責めないであげてほしい。正しい方法がわかって練習を積んでいけば、皆できることだから。私も感情コントロールが出来なかったけれど、今は大分できるようになりました。
一つずつ、感情には意味があります。
その環境が苦しいとか、辛いとかを自分自身に知らせてくれたり、そのことが好きだということに気づかせてくれる。だから感情はとても大切なものです。決して感情を否定してはいけません。また、感情が大切と言っても、その感情を助長し、増幅することは良いことではありません。感情は自分自身のことを理解するためにあるのであり、自分自身の環境などを理解することが出来たら、その感情は後はしっかりと味わい、受け入れることで消化すれば良いのです。






今日は血液の病気に効果があると言われている、EMX(万寿のしずく)について書きたいと思います。こちらの商品です。



万寿のしずくのことは、7年ほど前に「チェルノブイリへのかけはし」というホームページで知りました。「かけはし」という団体は、チェルノブイリ事故で被ばくした子供たちを日本へ保養に招待していました。その時に、チェルノブイリの子供たちに飲ませていたのが「萬寿のしずく」です。日本の他にヨーロッパ各地が、チェルノブイリの子供たちを保養に招待していましたが、日本に招待された子供たちが、群を抜いセシウムなどの放射線量が下がっていたそうです。その理由は、おそらくEMX(萬寿のしずく)を飲んでいたからでしょう…ということでした。


生命力が強く、沖縄では「万寿瓜(マンジューイ)」の名を持つ健康食材青パパイヤを始め、米ぬか、玄米、昆布、もずくなど沖縄の長寿食を原料として、有用微生物群(EM)により発酵・熟成させ抽出した琥珀色のエキスが、萬寿のしずくです。萬寿のしずくの原料の一つであるパパイヤの葉には、白血球を増やす働きがあるそうです。萬寿のしずくは血液に効くと、使った人は声を揃えて言いますが、その理由はここ(原料にパパイヤの葉を使っている点)にあるのかもしれません。



我が家のことですが…当時、我が家は多摩川をはさんで神奈川県側に住んでいました。川を挟んで向かいは東京都だったのですが…すぐそこに、東京都のごみ焼却施設がありました。そんな施設があることは知らずに、そこに住んでいたのですが…。発事故後、東京都ががれきを燃やし始めてから、我が家は物凄く体調を崩しました。
子どもたちの突然の大量の鼻血。
大量の抜け毛。
爪が根元からはがれる。
突然現れる内出血。
顕著な血液検査の異常。
首のあたりの違和感・鈍痛。(のう胞と結節ができました。)
物凄い倦怠感。
かかとの痛み。(子供が痛がって足を地に着けない)
手首の痛み。(まるでリウマチのような症状)

気が付いた時、家の中は物凄く高い放射線量になっていました。(測定器を持っていたので気づきました。)空気が流れ込んで溜まっていたのです…。今までに体験したことがない身体の異変がたくさん起こり、これはまずいと思いました。私が小学生の頃、「チェルノブイリ」の漫画が家にあって、その漫画によって「原子力の怖さ」を知っていたので、「このままだと、取り返しのつかないことになる」と実感しました。当時の私はノイローゼそのものでした…。



そんな時に、万寿のしずくに出会ったのですが、万寿のしずくには本当に救われました。突然の内出血が足や腕に現れた時、一口飲んだら数時間後には、その「あざ」が消えてなくなっていました。そんな経験が何回も。(実際にぶつけてできた内出血には効きません。)また、胃が痛い時に飲むと、効果てきめんです。胃が痛いと感じてから飲むと、15分後には胃の痛みがなくなります。薬でもないのに…本当に驚きます。歯茎が痛んだ時にも、飲むと一日もかからずに良くなります。また、口の中に黒い血豆が出来た時にも、飲むとあっという間に血豆が小さくなります。また、当時異常だった血液検査の結果も、飲み始めてから回復してかなり良くなりました。本当に驚くような効果があり、我が家では本当に大切な存在です。
「万寿のしずく」に出会ってから、我が家は冷蔵庫に「しずく」を切らしたことがありません。


ネットで検索していると、他にもいろいろな効果があることがわかります。癌の方が飲んで良くなったとか、放射線治療の副作用が楽になったとか、購入者のレビューを見ていると様々です。白内障にも効くようです。私は眼が痛い時には、目薬の代わりに「しずく」を差しますが、とてもよく効きます。飛蚊症気味なのですが、それも良くなったように感じます。これから、日本人の8割が白内障になると言われています。


お値段は高いですが、何か大きな病気になったら、もっともっとお金がかかってしまう…
そう思うと、大体1か月に1本(4000円くらい)ですが、決して高すぎる値段ではないと思っています。この記事で、一人でも「万寿のしずく」に出会って、救われる人がいれば嬉しく思います。

ふくしまの問題は、もう東日本だけの問題ではありません。
少しでも身体に、今までとは違う症状が出て悩むことがあったら…疑ってみてほしい。今まで経験したことのないようなことが起きたら…もしかして、原因は…?って。原因をとりのぞくことが、また元の健康に戻る一番の近道だと思うから…見ないように、考ええないようにしたいけれど、見ないでいて最後に後悔することになるのは自分だから…。ちゃんと向き合えば、何かしら改善の方法はあるのです。




「勉強しなさい」と言っても、子どもには効果がないと分かっていながら、つい口から出てしまう時があります。まあ、効果はなくても害はないだろう…そう思っていると、そんなことはありません。「やれ」という言葉には、悪い心理作用が5つも含まれているそうです。


自発的か、多発的か
やれ、と言われることで、「やらなければいけない」ことに変化し、自分の意思ではなく、他人からの要求に変わる。

焦りや不安が生まれる
「やろうとしていたこと」が「やらなければいけないこと」に変わり、それができない不安を生み、心の余裕がなくなってしまう。

選択肢がなくなる
「やれ」という言葉には期日が含まれていることがほとんどで、今すぐやらなければいけないという指示により、自分の中の選択肢がなくなってしまう。

ブーメラン効果
相手に何かを説得されそうになると反発してしまう。自分の判断や考えを守るための自己防衛反応。

やる必要のない事
相手に「やれ」と言われていても、そもそもやる必要がなく、やる気がない。


それでは、子どもが勉強をしない時、○○しない時、どうしたら良いのでしょうか。
大切なことは、子どもと対話をすることだと思います。

何故それをすると良いのか、それをする必要があるのか。しないとどうなるのか。親が思うことを伝え、子どもにも意見を聞いてみる。
あとは、子どもの判断に任せ、失敗しようとも子供を信じて待つという姿勢が大切なのだと思います。

それが生命や健康にかかわることでない限りは、子どもの意思を尊重していくことが、子どもの自立につながり、自主的に動くような子供に育っていくのでしょう。
勉強をさせたいのか?それとも子供を自立させたいのか?
勉強をさせることと、子どもの自立を促すことはイコールではありません。
子どもの自立を願うならば、勉強を始めるタイミングも子供に任せることが大切だと思います。





大麻には大きく分けて「THC」と「CBD」の二種類の成分があります。

THCは、多幸感を覚える、いわゆるハイになる作用を起こす成分です。(いわゆるマリファナ)
CBDは、産業用大麻(ヘンプ)の茎や種から抽出されたオイルです。CBDには幻覚作用や副作用がなく、「医療大麻」として使われています。

高いけれど、高濃度のものは効果が高いと感じました。


CBDオイルは健康上のメリットがすばらしく、様々な病気への効果があると言われています。
効果としては、下記の病気が挙げられています。

【効果】

白血病、悪性リンパ腫、吐き気、糖尿病、アルツハイマー、アスペルガー症候群、

全身硬化症、パーキンソン病、骨粗しょう症、PSTD(心的外傷後ストレス障害)、

不眠、パニック障害、強迫性障害、注意欠陥障害、鬱病、極性障害、統合失調症

神経因性疼痛、神経変性疾患、多発性硬化症、肝臓疾患、腎疾患、心臓病、

月経前症候群(PMS)、ハンチントン病、線維筋痛症、過敏性腸症候群、内分泌疾患、

動脈硬化症、神経性無食欲症、抗生物質抵抗性、神経痛、後天性免疫不全症候群、

筋萎縮性側索硬化症、喘息、自閉症、大腸炎、緑内障、偏頭痛、てんかん

(自閉症などの発達障害には、THCの方が効くと書かれている記事もありました。両方を処方する方が効果がありそうです。)




実は我が家の娘は、去年原因不明の発熱に半年ほど悩まされました…。
11月くらいから、毎日のように発熱を繰り返し、朝は元気でも夕方から夜になると発熱して寝込んでしまう毎日…。4か月くらい、病院へ通いながら様子を見ていたのですが、まったく改善せず、症状は悪化するばかり…。

血液検査の結果で、ASTの数値が異常に高く出てしまっていました。
病院へ行っても、何が原因か分からず、処方された薬を飲んでも良くならず。
とにかく、発熱して寒気がしたら寝る、しか方法はありませんでした。


そんな中、必死に探して出会ったCBDオイルに関する情報。





CBDオイルが医療大麻として使われていること、てんかんなどの難病にも効果があるということを知り、藁にも縋る思いで試してみることにしたのですが…



その効果が、本当に素晴らしかった!です。

娘は、CBDオイルを飲んだ直後から(15分もしないうちに)「身体が楽になった」と言い、熱が落ち着き、寒気が落ち着きました。本当に驚きでした。(娘自身が、一番驚いていました。)

それから毎日、体調が悪くなってくる夕方に飲むようにしていったら、1か月~2か月もしないうちに、もうすっかり寝込まなくなり、その後血液検査の結果もどんどん改善していきました。

それから半年後に大学病院の検査が決まっていたのですが、その検査の日にはすっかり改善していて、「何もわるくありませんね」と。

その後、時々体調を崩したらCBDをとるようにしていましたが、もう今は全くの元気な体に戻り、本当にほっとしています。

本当に素晴らしいので、たくさんの人に、このCBDオイルについて知ってもらいたい…。

ネットで検索すると、たくさんの効果について書かれた記事が出てきます。
もし、気になる症状や病気がある時には、「その症状+CBDオイル」などで、是非検索してみると良いかもしれません。

病院ではわからないことって、意外とたくさんあります。
医師は「医師法」に沿ってしか、処方や処置をすることはできないと聞いたことがあります。また、どこが悪いかによって専門が分かれていて、身体全体の問題を見ることが難しいように感じます。
病院が処方できる「薬」の中にはないサプリに、素晴らしいものはたくさんあります。

水素タブレットや、酵素ドリンク(EMXゴールド、萬寿のしずく)の効果も本当に素晴らしいです。








自分の身体の健康は、「お医者さん」に丸投げせずに、自分でコントロールすることが大切だと思います。必要な時には、お医者さんに頼ったり、サプリメントに頼ったり、自分の身体に耳を傾けながら行きたいと思っています。


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私が中学生の頃や高校生の頃、友達と勉強で競いあった経験があります。また、習字を習っていたのですが、その時も周りに通っている人よりも上手に書きたい!と思って、必死になって練習した経験もあります。それはそれで良かったのではないかと思っています。だから、競争は良いものだ、悪くない…と、子どもが小さい時は思っていました。
なので、子どもが小さかった頃、○○ちゃんはもう××ができるんだって、といって子供の心を動かそうとしたり、兄妹で「ようい、ドン!」と着替えや歯磨きの競争をさせたことがあります。

でも競争意識って、本当に良いものなのでしょうか。

今思うことは、その競争心が、本人の希望である場合はとても良いと思います。
ゲームで勝ちたい!とか、何かで優勝したいとか、子どもが前向きに挑戦している時には、どんどん応援してあげたら良いと思います。心の底から勝ちたい!と思えば、練習もするでしょう。戦略を立てるようになるかもしれません。負けてしまったら悔しいと思って、更に練習に励むかもしれません。

しかしそれが他人の期待によるものである時、それは本人にとって害になると思います。
兄弟を比べて競争させたり、周りにいる子どもと比較したり。本人の競争意識がない競争は、本人の精神を崩壊させてしまいます。常に比較の中で生きていくと、次第に子供の中には「劣等感」や「優越感」といった感情が生まれてしまいます。負ければ「劣等感」、勝てば「優越感」。そもそも競争に勝ちたいという意識もないので、「どうせ自分はだめだ」と簡単に諦めるかもしれません。また、親が競争をさせていたとしたら、子どもの心の中に、親に対する「憎しみ」の感情が少しずつ育ってしまうかもしれません。その競争は本人の希望なのか、親の希望が含まれていることはないか…その差はとても大きいものです。

ドイツの小学校は運動会がないそうです。日本の運動会の徒競走が、私は大嫌いでした。足が速い子供は、喜んで自分から積極的に楽しむのでしょうが、私はほぼ毎回びりだったので、運動会の徒競走は苦痛でしかありませんでした。リレーも嫌いでした。周りの人の足を引っ張ってしまうだけの存在だったので、そのリレーに参加しなければいけないことが苦痛でしかありませんでした。本人が望まないのに競争に巻き込まれると、「劣等感」「苦手意識」が生まれてしまいます。自信を失ってしまったり、そのことが嫌いになってしまうかもしれません。


子どもをほかの子と比較する(競争させる)ことは、百害あって一利なし、と心得て、親自身が比較の目で子供を見ないように、それぞれの個性を持った子ども一人一人と向かい合い、一人一人そのままの子供を認めてあげられると良いですね。




子育てをしていると、イライラすることがあります。外出先でダダをこねた時、いつまでもゲームをしてやめない時、おやつを隠れて食べている時、自分がしたいことをしている時に邪魔された時、子どもが学校や幼稚園に行きたがらない時など…。


「イライラする」という感情は、どうやって生まれてくるのでしょう。
それはもしかしたら、自分が被害者であるという意識や、自分ではどうすることもできないと感じる不安(不安は、自分に自信がなかったり、自分の心の中に依存心があって、自分が主体的に生きていない時に生まれます。)から生まれてくるのかもしれません。

<誰かから被害を受けたと感じた時(実際に被害を受けた時も)>
・夫が家事・育児に協力的でない時
・子供が○○して~など、子どもから自分への要求があった時
・子供が騒がしい時
・子供の支度が遅い時
・子供が言うことを聞かない時

<不安になる時>
・子供が勉強せずにゲームばかりしている時、子どもの将来が心配。(子供を信じられていない。)
・夫の稼ぎが少ない時(自分ではどうにもできない、稼げないと感じている)
・家事と育児に追われて、永遠に終わらないように感じた時
・子供が幼稚園や学校へ行きたがらない時
・身体が元気でない時(病気かもしれない時。)


イライラする時…何か自分の心の底に、被害者意識や不安な感情がないかを探ってみる。
被害者意識があることがわかったら、まずは自分自身が「辛い」と感じている感情を受け入れます。相手から受けた被害によって感じた「辛い」という自分の気持ちを理解し、自分に優しくしてあげます。
そして、「自分は被害者であり、相手は加害者である。」という考えが自分の中にあることを認め、改める必要があります。本当は、「被害者」も「加害者」も、世の中には存在しないのです。世の中には、ただその人が存在している。そして、ただそのように行動している。それをどう受け取るかという一人一人の感じ方、とらえ方によって「被害者」や「加害者」は生まれるのです。相手のことを加害者だと思うことによって、自分は被害者になるのです。
そのような被害者意識があることに気が付いたら次に、「たとえそれが相手からのいやがらせであろうと、私はそれに対して必要な対処をすることができるし、被害をうけることはない。私は決して被害者にはならない。」と認識します。これが、主体的に生きる、ということです。これが本当に自立した人の姿です。
忙しい時に、子供が「お母さん○○して~!」と言ってきたとき。忙しいのに!とイライラしてしまうのは、自分が被害を受けたと感じているから。そのようなことがあったら、まずは「あぁ、また自分で自分を被害者だと思っている」ということに気が付きます。そして、「私は被害者ではない。自分で自分の人生を主体的に生きていけるんだ!」と認識し、イライラした自分の感情に気づき、受け入れます。そして子どもの要求を聞いてあげるなり、「今いそがしいから、あとでね」と対応をすれば良いのです。

不安が心の中にあることがわかったら、一つ一つの不安に向き合い、自分でその不安を解消するにはどうすれば良いか、自分の心にとことん向き合って自分なりの答えを出す必要があります。不安というのは、現実ではなく心が生み出します。感じ方、考え方の違いによって、それを不安と思う人と思わない人がいるのです。「不安」を感じたら、何故不安なのか、その不安はどうやったら解消できるのかを、自分自身と向き合い、答えを出すと良いでしょう。
たとえば、子どもが勉強をせずにゲームばかりしている時には、子どものことを、「この子は自分の力で生きていくことができない子どもだ」というような目で見てしまっているのかもしれません。このままでは、子どもは永遠にゲームをやり続けて、ゲーム中毒になってしまう、と感じているのかもしれません。これは、お母さんが「ゲームは悪いもの」と考えている「感じ方・考え方」によって生まれた「不安」であることに気が付く必要があります。
そして、違った見方もできるのです。ゲームを親が制限しないことによって、子どもは自分自身をコントロールするということを学ぶ、というように考えることもできるのです。また、子どもはゲームから何かを学んでいるかもしれません。ゲームのどのような点が、人を夢中にさせるのか…やめられない理由は何故なのか…そのようなことを体験をもって知ることによって、もしかしたら大人になった時に仕事に活かせるかもしれません。



結局、自分が自分の人生の主人公となって、主体的に自分の人生を生きていく、人に依存せずに自分で生きる力を持つことが、イライラをなくし、心を安定させることができるのでしょう。
自分自身が本当の意味で自立し、自分の不安を解消できるようになることでしか、イライラからの真の解放は無いのでしょう。心の中に生まれた不安は、考え方によっていつでも変化します。何かうまく行かない時、不安が解消されない時は、もしかしたら自分の考え方を変える必要があるのかもしれません。





人はなぜ生まれてくるのでしょうか…。

少し前までは、子孫を残すためかな?と思っていました。
けれども…それだと子供がいない人は、生まれた意味がないことになってしまう…というところで、その定義は腑に落ちませんでした。

最近読んだ本に書かれていました。


人は「魂を成長させるため」に生まれてくるのだそうです。


(確か、この本に書かれていました。)

魂はそれぞれ足りない部分を磨き、魂の品格を高めるための場をそれぞれ選んで、現世に生まれてくるそうです。現世での課題として磨かれるはずの部分をさび付かせてしまったら、次にうまれ変わったときに借金として残してしまうことになる。つまり、魂磨きは、前世から現世、そして来世へとつながるテーマでもあるのだ。周りにいる人は、自分の魂を磨くためにいると考える。



それを知って、私は心の底から自分の生まれてきた環境に納得し、過去を受け入れることができました。

毒親の元に生まれ、30後半まで苦しんだ私は、人生のほとんどを無駄にしたような気がしていたのですが、きっとそこには自分が学ぶべきことがあったのだと、これはこれで良かったんだと思えるようになりました。


☆☆☆とても面白かった本☆☆☆




シルバー・バーチ霊言集には、こう書かれています。

「どんな暗闇の中にあっても、決して希望を捨ててはいけない。そして次のことをしっかり心に銘記して頂きたい。地上を住みよい世界に変えようとする人達は、最後には必ず勝つ。」

「産みの苦しみがなければ、悲しみの涙がなければ、価値あるものは何一つ実現できない。地上世界はやがてこのことを、苦しみと悲しみの涙をもって、学びとるだろう。」


苦しいことも多い世の中ですが、その苦しみから目を背けずに、過酷と思える障害も何らかの学びがあると信じて、魂の修行だと思って乗り越えていきたいです。





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子育てをしていると、習い事のはじめ時・やめ時で悩む事があります。
周りの子がサッカーを始めたとか、塾を始めたとか聞くと、気持ちがそわそわしたりします。それで子供は望んでいないのに体験に行かせてみようかと考える。また、習い事を始めてみたものの、本人がやめたいと言い出した時にも悩んだりします。せっかく始めたのに、このままやめて嫌いになってしまったらどうしよう(不安)…とか。せっかく今までお金を払って習わせてきたのに、今やめたら何も実になってない(もったいない)…とか。泳げなかったら学校の水泳の授業の時に困るかもしれないとか、周りのお友達がみんなサッカーを始めたけれど、やらないでいたらお友達の輪の中に入れなくなってしまうかもしれないとか、何か運動を習っていないと、運動が苦手な子どもになってしまうかもしれないとか、塾に行かないで周りと差がついてしまうかもしれない、落ちこぼれてしまったらどうしよう…とか。
色々な親の感情が入ると、習い事をどうするかを決めることが難しくなります。



子どもが成長して今思うことは、「それができなくて、何が困るの?できなくても問題ない!」ということです。本人が困ったと感じれば、その時に「習いたい」というかもしれません。また、できなくても本人は困ったと感じないかもしれません。習い事はシンプルに、本人が希望するものをすれば良い、それだけです。どんなに遅く始めようとも、本人が必要だと感じてから、やりたいと感じてからでも十分に伸ばすことができます。(オリンピック選手などを目指す…という特殊な場合は分かりませんが。)何より、本人が希望していないと習い事の効果は出にくくなります。そして結局は、そのことが好きな、後から始めた友達にどんどん抜かれていきます。


我が家の息子は、小学5年生の時に友人のピアノの発表会に呼ばれて、初めてピアノに興味を持ちました。5年生からピアノを始めるのは遅いような気がしましたが、ピアノに対する興味が物凄かったので、やる気が他の子達とは違いました。物凄いスピードで習得して、2年間で「きらきら星変奏曲」を弾くに至りました。

逆に、幼稚園年少から続けていた体操教室は半分本人の意思ではなかったので、低学年の頃までは輝いていたのですが、高学年になって、後から始めたやる気のある子にどんどん抜かれて行って、結局やめることになりました。もともと好きではないから、追い越されればやる気もなくなり、諦めてしまうのです。やる気のある子には、どうしたってかなわないのです。

youtuberのDaigoも、小さい頃はヒョロヒョロだったのに、30歳目前になって筋トレに目覚めて今は立派な筋肉があります。
本人がやりたい!と思った時に始めれば、いつからだって大丈夫なのです。


習い事でもう一つ重要なのは「先生」です。先生が合わないときは、どんどん相性の合う先生を探した方が良いと思います。絶対に。先生のことが好きでないと、どんな習い事も続かないし、好きになれません。
私の経験ですが、先生が好きだった習い事はどんどん上達し、長く続けることができ、今でも続けています(もう何十年も書道を続けています。)。逆に先生が嫌いだった習い事は、習い事自体が嫌いになってしまいました。(小さい頃ピアノを習っていましたが、引っ越しをして先生が変わってから、好きだったピアノが大嫌いになってしまいました。)


結局、子どもが素晴らしい成果を出せるのは、子どもが本当にそのことが好きな場合のみです。
子供が嫌がっている習い事はすぐにやめた方が良いでしょう。
ただし、嫌がる理由が「先生」の場合は、「先生」を変えましょう。




幼稚園や学校の参観などで、子どもが友達と交わらずに一人でいる所を見かけると、不安になることがありました。他のお友達は幼稚園や学校帰りに友達と遊ぶ約束をしてくるのに、我が家の子供は約束もせず、まっすぐに家に買ってくる…。小学校1,2年生の頃は、お友達がほとんど作れず、学校でポツンとしていると先生に言われたこともあり、本当に心配で不安でした。


子供が友達を作れないのは子育てがうまくできていない自分の責任だと、心の底で感じて自分を責めていました。子供がのびのびと育っていないのは家庭の中(私自身)に歪みがあるからで、その自分自身の歪みが、子どもを通して周りの人に知られてしまうということに恐怖を感じていました。当時決して良いお母さんではありませんでした。自分で自分のことをダメな母親と思っていたので、他人からもそう思われている(思われていたでしょう)…と思い込んでいました。当時の私は、他の人から責められることが怖くて仕方がありませんでした。人の目が怖くて仕方がありませんでした。いつも責められているような気がしていました。(小さい頃いつも毒親から責められていたので、自分でも自分を責めていました。)
だから、子どもの情緒が安定していなかったのは自分のせいだと思っていたし(実際そうですが)、そのように人からも思われたくなくて、とにかく子供に友達ができてほしかった。

子供に友達ができれば良い…そう思って私が子供と同じクラスのお友達を家に呼んでみたりもしました。でも、呼んでも子供が上手にお友達と遊べない事もあったので、心配でいろいろなおもちゃを買ってみたり、遊びを考えてみたり…子供たちが楽しく遊べそうな方法をあれこれ考えて色々してみましたが、どうやってもうまく行きませんでした。


結局…どうにもこうにも上手くいかなくて、結局根本の原因をどうにかしなくてはいけないのだ、という結論にたどりつきました。そして等身大の自分を受け入れる覚悟を決めました。未熟な自分、できない自分、そして子育てを失敗してしまっただめな自分を、認めたくなかったけれど認め、受け入れたくなかったけれど受け入れました。子どもに友達がたくさんいて欲しい…という願いを諦め、そのままの子供を受け入れました。そして、それならば今、自分には何ができるのか、を考えました。


まず、子どもに友達がいてほしいという思いを諦めました。
子供だけでなく、自分自身にも友達はたくさんいない、という事実も認め、受け入れました。そして、友達がいない子ども、そして自分を許しました。今は友達がいなくても、いつか必ずたくさんお友達ができる日が来る、と信じました。


次に、自分が子どもにしてあげられることを考えました。
・子どもにたくさんの愛を与えること。
・子供と一緒に、家にいる時間を楽しむこと。
・友達と遊ばない子どもを否定しないこと。
・子供に求められるだけ応じ、子どもの要求を満たすこと。
・笑顔で接すること。(作り笑顔でぎこちなくても笑顔を向ける!)



先が見えなくて、真っ暗で、永遠に真っ暗なトンネルの中にいるような、絶望的な気持ちでしたが、とにかく問題を一つずつ解決していくしかない。地道にコツコツ、今できることをするしか方法はない。
2年弱くらい(一年半位?)、子どもと二人の時間を楽しみながら過ごしたでしょうか…。
当時おとなしくて友達のいなかった子供には、たくさんの友達が出来るようになりました。仲の良い親友もできました。学校で行事があれば実行委員に立候補したり、リーダー役に立候補するようにまでなりました。子供自身の魂が輝きだしました。


子どもにとって一番必要な存在は、友達ではありません。子どもは友達よりも、「お母さん」と一緒にいたいのです。友達がいなくて学校で辛い思いをしていても、家に帰ってきてたくさんの愛で癒してくれる存在がいれば大丈夫。子育てに、近道はないのです。お母さんとの関係がしっかりとしていないのに、子どもが自分から友達の世界に飛び出していくことを期待しても仕方がないのです。何かうまく行かない時は、基礎となる土台がしっかりできていないのです。それは、どんなことに関しても共通している真理。あれこれ手を加えてみても、間違えたやり方では結局どこかで崩れてしまう時が来る…。そして、基礎からやり直さなければならない時がやってきてしまうのです。

一番の近道は、子どもと親(母親?)との関係をしっかりとしておくこと。
親が子供を満たしてあげられないと、その代わりとなる愛を友達に求めるようになってしまいます。
親に求める愛を、友達が満たせるはずはありません。
どんな時も、どんな状態の子供でも受け入れて、愛を与えてあげると、子どもはどんどん育っていきます。
子どもって、修正も早いです。真っ暗な、どこまでも続いていくと思っていたトンネルは思っていたよりもとても短くて、2年後にはすっかりトンネルから出ていました。そのトンネルの先は、キラキラとした素晴らしい世界でした。

いつからだって修正は可能だから、どんな時も、いつからであっても、あきらめてはいけません。土台からやり直していけば、案外早くに変化が現れてくるのです。間違えた道に進んでいたら、また正しい道へ戻ってやり直せば、どんな時からでもぐんぐん成長していきます!あとは子供の魂を信じていれば、大丈夫!



子供の「お母さん来て」「お母さん○○して」という要求には、できる限り応えてあげることが愛です。
子供の要求をすべて満たしてあげる…と書くと語弊がありますが、要求を満たしてあげるというよりも、要求している心を満たしてあげるという感じです。
要求が、例えば「あれが欲しい、これが欲しい」等で応えられない場合は、その心だけでも満たしてあげる。例えばお店でおもちゃが欲しいと騒いだ時には、「これが欲しいんだね」と気持ちを受け止めてあげる。「面白そうなおもちゃだもんね」と、気持ちを代弁してあげる。「お母さん来て!」とか「お母さん抱っこして!」などの要求には、できる限り応えてあげると子供は情緒的に安定した子供に育っていきます。



しかし以前の私は、子どもの要求を満たしてあげることができませんでした。
子供に「お母さん来て!」と呼ばれると、身体が硬直しました。呼ばれれば呼ばれるほどイライラしてしまい、子どものそばへ行ってあげることができませんでした。
何故できなかったのか…
以前の私は、子どもの要求に応えてあげていると、子供の要求はエスカレートしてしまい、子どもはわがままになってしまうだろう、と思っていました。子どもの要求は常に自分本位で、人が忙しい時にもお構いなしにやってきていたから…。いつでも要求は満たされると思ってしまったら、わがままな人間に育ってしまうかもしれない、などと本気で思っていました。
私が小学生の時に、担任の先生に「○○さん(私)はわがままだねえ」と言われたことがあり、とても傷ついたことがありました。だから、とにかく子供をわがままには育てたくありませんでした。本当は子どもの要求をその都度満たしてあげることが、子どもを我がままでないように育てるためには大切なことだったのですが…。

またそれ以上に、もう一つ大きな理由がありました。
それは、私自身がそのように親から満たされてこなかったということ…。
小さい頃、私は母親に自分の部屋に来てほしかった。けれども、いつも母親は受験がある姉の部屋にいて、私の部屋には来てくれませんでした。訴えても訴えても、自分の部屋に来てほしいという願いは叶いませんでした。
だから、娘に「お母さん来て!」と呼ばれると、身体が硬直しました。呼ばれれば呼ばれるほど、腹が立って拒絶反応が起きました。「何てわがままなことを言うんだろう!」と、心の底で感じていました。
自分が親に、してほしくてたまらなかったのに満たされなかったこと。
「子供の要求に応えていると、我がままになる」のは実は言い訳で、本当は自分自身が満たされていなかったのに他人を満たすことなんてできなかったのだと思います。


何か、子どもが要求しているのに応えてあげれないことがあったら、もしかしたら、それは自分自身が親(や他の誰かに)して欲しくても、してもらえなかったことなのかもしれません。もしくは自分自身の要求が満たされたという経験が少なかったのかもしれません。人は、自分がしてもらいたかったのにしてもらえなかった…という不満を感じながら、同じことを他の人にしてあげることなどなかなかできることではないのです。


もしそのような気持ちがあったことに気が付いたら、その自分自身の気持ちを受け入れていくと次第に子供の要求に応えられるようになっていきます。

あぁ、私ができないことは、できなくても当然なんだ。
何故なら自分が小さい頃親にしてもらいたくても、してもらえなかったのだから。
出来なくて当然だし、もしできたら、私は物凄いことを達成できたと思っていいんだ。 
私は辛かったんだ、私は親に○○してほしかったんだ、という当時の自分自身の心に気づいて受け止める。そしてまた、当時叶わなかった願いををもう、諦める。諦めて手放す。


自分がそれをできない理由に気づき、できない自分を受け止め、自分自身を許す。そしてまた、自分自身の中にあった欲求を手放していくことで少しずつ、できなかったことができるようになっていきます。

自分自身に「できなくても当然。辛かったね。」と声をかけてあげる。自分自身の心の内を知り、自分の心を癒して満たしてあげる。そうすれば、必ず、子どもの要求にも応えられるお母さんになっていきます。
子供の要求は、満たせるだけ満たしてあげて大丈夫。(体に危険や害がない限りにおいて。)子供が要求してもいないのに、親の方であれこれ心配をして手助けをしてあげることを過保護と言いますが、要求に応えてあげることは、過保護とは言いません。要求は満たしてあげれば、消化されていきます。子供自身、要求が消化されていけば、親に対する要求も減ってくるでしょう。
子供が小さいうちの要求なんて、本当に小さい事。大人になって要求が大きくなる前に(何万円もするものが欲しい等)、小さな要求(スーパーでお菓子を買ってあげるなど)は、できる範囲でなら満たしてあげても良いのだと思います。
我が家の娘には、旅行先ではお土産を買ってあげたり、お出かけしたら文房具を買ってあげたり、年に一回お年玉で好きなだけお買い物をさせてあげていたのですが、もうすっかり物欲がなくなって、今では逆にものが増えすぎることを懸念するくらいです(笑)。(まだ小学生です。)
子供たちとスーパーに行ったときに、「ほら、好きなお菓子持ってきて!」と言っても「いらないよ~」という位…お菓子を欲しがることもありません(笑)。要求に応えると、要求がエスカレートするかも…そんな風に思いがちですが、そんなことはありません。できる限りの要求は満たしてあげれば消えていくものなのです。
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私の親は、過干渉、無関心という毒親でした。

そのことは、子育てをしていくうちに気づきました。

私はずっと、自分の親は立派で優しくて、私のことを大切にしてくれていると思い込んでいました。
他の友達のよりも、いつもたくさんの洋服を買ってくれて、お小遣いも人より多くかったので、恵まれた家庭に育ってきたと思い込んでいました。思い込まされていました。
だから、まさか自分の親が毒親だなんて思いもせずに30代半ばまで過ごしてきました。

子どもが生まれ、子育てをしてみてやっと気づきました。
私はお金はたくさんかけてもらったけれど、自分が欲しかった愛はもらってこなかったということを。
子育てを始めて、子供にしてあげたいのに、してあげることができない…子育てがよくわからない。どう接することが子供にとって良いのかがわからない。そのような問題に直面するたびに、何故できないのか自問自答し、それは自分の母親に原因があったということに気が付きました。

母親と楽しく会話をした記憶がほとんどない。
思い出そうと思っても、自分に向き合ってくれた顔が思い出せない。

部屋に来てほしいと訴えても、いつも母は姉の部屋へ行って、自分の部屋には来てくれませんでした。(姉はいじめにあっていたのもあったのだと思います。)
部屋に来てくれたと思ったら小言。
私に無関心なのに、友達とのやり取りの手紙はこっそりと読んで、「何考えてるかわからない」と言われて傷ついた記憶。

親からお金はたくさんかけてもらってきたので、自分は幸せなんだ、私は良い親に恵まれているんだと思い込んできました。
素晴らしいと思い込んでいた親を怨むなんてことはできなくて、親に責められるままに自分を責めてきました。
だんだん精神が崩壊していきました。
いつも緊張して、笑顔が凍っていました。
人に愛されたくて、でも求めた愛をもらえなくて、人を憎み、自分を責め、精神が崩壊していきました。
友達に愛を求めて、でももらえなくて、大切な友達との関係が終わってしまったことがありました。
自分を蔑視していて、被害妄想、自分が大嫌いでした。

生きていることが苦しかったけれど、その原因がまさか母親だったとは気が付きませんでした。
自分自身を責めていました。できない自分、ダメな自分が大嫌いでした。

そんな私が子育てを始めました。
うまくいくわけがありませんでした。
何とかして子供を幸せに育てたい、でもできない、どうしたら良いかわかりませんでした。

そんなところからスタートした子育ても、今は少しずつ、うまく回りだしています。
山あり谷ありの子育てだけど、今は大丈夫!って思えています。

そんな山や谷の日々を思い返しながら、子育てについて、日々思おう事について綴っていきたいと思います。



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